【読書感想文】遠藤周作「イヤな奴」
【読書感想文】遠藤周作「イヤな奴」(『遠藤周作短篇名作選』講談社文芸文庫、2012年)
【あらすじ】
時代は太平洋戦争のさなか。
主人公はキリスト教系の学生寮に暮らす大学生であるが、常日ごろから弱い自分を「イヤな奴」であると恥じ、思い悩んでいる。
仮病をつかって勤労動員先の工場から早退した彼だったが、サボってぶらついているところを憲兵に見とがめられ、暴行を受けて膝に怪我を負う。
彼は憲兵に、
「自分が悪くありました、お許しください」
と土下座して謝罪するが、自己嫌悪に苦しむ。
ある日、寮生たちはハンセン病の療養施設を慰問することになる。
慰問中ずっと、彼は膝の怪我から病気が感染することを恐れ続けていた。
慰問が終わると、寮生たちと患者で、野球をすることになった。
彼は打席に立ち、ヒットを打つが、ファーストベースを回ったところで、1、2塁間に挟まれてしまう。
彼は患者の2塁手を恐怖しながら見つめるが、患者は“いじめられた動物のような哀しい目”をして、言った。
「お行きなさい。触れませんから」
そこでも彼は、自分をイヤな奴だと責める。
そこで物語は終わっている。
【ざっくり感想】
遠藤周作は好んで、いわゆる「弱い人間」に目を向けた作品を描く。
代表作である「沈黙」がその最たる例だと思う。
この「イヤな奴」という短編の主人公は、弱い自分を嫌悪している人間である。
彼が弱い人間であることは間違いないが、遠藤は、彼を責めたりはしない。
積極的に否定しないことで、消極的に肯定しているように思える。
強くなれない弱い人間でも生きていていいのだ、決して間違っているわけではないのだ、そんなふうに感じさせてくれる。
「差別反対」「平等」「多様性」など、正義を口にすることは容易いが、遠藤のように弱い人間の立場に立ってその哀しみを表現できる感性は、やはり彼の真骨頂だと思う。
「お行きなさい。触れませんから」という患者のセリフを読んだとき、私は電撃に撃たれたように、「遠藤周作、やっぱすげー」と思った。
患者の置かれた運命はもちろん哀しいものだが、弱い人間である主人公も、やはり哀しみを感じている。
人間の弱さは普遍的な要素だから、そういう問題に目を向ける彼の作品は、これからも古典として読み継がれていくのではないか、と思う。
遠藤は患者の“目”について、「いじめられた動物のような哀しい目」と表現している。
遠藤のエッセイには、息を引き取りつつあるペットの鳥の目について描写した記述がある(書名は忘れてしまった)。
患者の目を「哀しい」と表現する遠藤だが、死にゆくペットの目を観察した経験が、この短編の創作に活かされたのかもしれない。
ちなみに遠藤には「雑木林の病棟」という短編があるが、この「イヤな奴」と筋や主題を同じくする作品のようである。
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