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ReoNaさんライブ感想「ReoNa ONE-MAN Live Tour 2025 “SQUAD JAM”」2025年3月30日 KT Zepp Yokohama

 ReoNaさんのライブに参戦してきたので、感想を書きます。 2025年3月30日、横浜までライブに行ってきた。 小さい方なんだよね、たぶん140cm台かと思う。小さい人が壇上でギターをかき鳴らして、勢いよく歌ってるエネルギッシュな姿だ……ライブでの第一印象はそんな感じだった。 だが次第に、歌うその身体から、悲しいオーラが上に向かってゆらゆらと立ち昇っているように見えた。 やがてそれが、あたかも身体全体が涙を流して泣いているみたいに見え始めた。 次の曲、次の曲と展開していく中で、歌い方やパフォーマンス、イルミネーション効果などもあり、その姿とイメージが次々に移り変わっていく。 『革命』を歌うくだりでは、もはや爆発しているように見えた。 どうしようもない内面の色々な矛盾する感情を、爆発させて歌っているように見えた。ああ、この人は「絶望」なんだ、と思った。自称他称「絶望系アニソンシンガー」のReoNaさんだが、つまりあの人は「絶望」そのものなんだ。と思った。「絶望の小さなブラックホール」が声を限りに歌っているように感じた。そう見えた。 と思ったら、今度は風のような黄金色の翼をまとって、小さく、エネルギッシュに輝いて見え始めた。おかしな表現かもしれないが、今度はそれが「希望のブラックホール」に見えた。たぶん『YOU』(アルバム『ELZA2』収録曲)を歌ってたときに、そう見えた気がする。 「小さな絶望」が、歌いながらギターを弾きながら壇上で跳ねる。 あの人は「絶望」を出発点にして、もしかしたら今も絶望し続けていて、しかしこれからもそれを糧に歌って行ってくれるのだろう。 負の感情がエネルギーにならないって、誰が決めた?……まるでそう言ってるように感じた。 悲しみを歌う曲が誰かに寄り添うことができるのは、そうした曲は「共感」を生むからだ。 人生で一番つらいのは孤独で、しかし自分と同じように苦しみまた悩んでいる人がいるんだという「共感」は、孤独を少しだけ癒してくれる。 無責任に背中を押し尻をけっとばすような力強い応援ソングにはない、そんな「小さな希望」がある。 ReoNaさんだけじゃなくて、そもそも今回はライブというものに初めて参加した。 身体全体で泣いているように見えたり、歌う姿が「なんちゃらブラックホール」に見えたりと、実際には見えていないイメージがあたかも「見えてい...

天皇誕生日に「おまんこ」の語源を考察する/朕の珍珍は早漏にて候

令和7年2月23日、今日は天皇誕生日である。 ところで、「朕の珍珍は早漏にて候」というふざけた言葉があるが、これは不敬罪と言わざるを得ない。 なぜなら、朕(ちん)すなわち天皇はもっともえらい存在だから、丁寧語の「候」=「~です、~ます」などという言葉は使わんからである。 天皇のお言葉については置くとして、ここは話題を変えて、女性器「おまんこ」の語源については諸説があるので、適当に考察を試みてみたい。 私が高校生のころ耳にした説は、おまんこ=「汚門戸」が語源になったというものだった。 しかし「お」はお金、お箸など丁寧を表す接頭語「御」と見るべきだと思う。 「汚い門」という字を当てる説は、女性が差別されてきた歴史をあまりに強く意識し過ぎている。 私の説は結論からいって、万宝(まんぽう)つまり「御万宝」に由来するというものだ。 万宝は「多くの宝」という意味で、子供=子宝を産み出す女性器は、御万宝というにふさわしい。 「万宝」に由来すると考えたのは、男性器「ちんこ」=「ちんぽ」の語源が「珍宝」である、という説があるからだ。 「まんこ」の「こ」と「ちんこ」の「こ」が同じ語源の接尾語「子」だとすれば、男性器の「珍」に対応する女性器の「まん」とは、何だろう? そこで私は、「珍宝」に対応するのは「万宝」であろう、と推測したのである。 ちんぽは珍しい宝、まんこはたくさんの宝、というわけだ。 ちなみに、Wikipediaの「おまんこ」という項目には語源について諸説があげられているが、私の「御万宝」説はのせられていない。 Wikiには、正室を意味する「北政所」に由来するという説があげられているが、豊臣秀吉の正室ねねは「まんかかさま」とも呼ばれた。 秀吉は子・秀頼に宛てた手紙で、秀頼を産んだ母=淀の方に対して、「政所の母様」という意味で、ねねを「まんかかさま」と書いている。 では、Wikipediaを以下に引用させていただく。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%BE%E3%82%93%E3%81%93 ・体の中心を意味する眞處(まこ)の音便[19]。 ・女子(めのこ)の転訛であるという説[20]。「めこ」もめのこの転訛とする文献もある[21]。 ・徳川家康の側室・お万の方(養珠院)の女性器が素晴らしかったという話から[22]。 ・古代の和語で性器を意...

テロリズムを肯定する犬養毅

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  昭和七年(1932)三月二十一日、坂下門外の変七十周年に際して計画された慰霊祭の案内状。 「阪下義挙殉難烈士慰霊祭典発起人」が主催したとあるが、総理大臣・犬養毅や、文部大臣・鳩山一郎の名前も見える。 (犬養はこの年の五月十五日、五・一五事件で暗殺される) 坂下門外の変は、文久二年(1862)正月十五日、老中・安藤信正が江戸城坂下門外で襲撃された事件。 政治家や学者が、この事件を「義挙」と認識していたことが分かり、興味深い。 ちなみに、五・一五事件の後、実行犯たちを死刑にしないよう全国的に減刑運動が起き、抗議のために自殺した女学生もいたという(小山俊樹『五・一五事件』中公新書)。 戦前の日本は、総理大臣から国民まで、民主主義を軽視していたと言える。 悪政や悪徳政治家を駆逐するという目的が正しくても、手段を誤っては民主主義は成り立たないのである。 民主主義を軽視することはかえって悪政を生み、それが日本では最悪の道筋をたどったのかも知れない。

元旦!三条西実隆と文豪ストレイドッグスにみる自分を救済する方法

新年、元旦早々に不幸を感じた。 朝から、指の感覚がマヒしている。 そのせいで年越しそばのゆで方を失敗し、美味しくないそばを食べながら、色々な感慨にひたった。 去年は実家とのゴタゴタが勃発し、ストレスによる自律神経の乱れから、手足の指が半分くらいマヒしているのだ。 人間は仕事にせよ、生活にせよ、指を使いながら頭も使っている。 指がマヒすると、単に不便なだけでなく、自由な発想や思考ができなくなる。 これはおそらく、体験しないと一生知ることはない事実だろう。 やると決まったことを機械的にやる仕事と違って、古本屋さんの店主は「何をやるべきか、やらざるべきか」をすべて自分で考えて行動しなくてはならない。 だから自由な発想力、思考力が低下するのは、相当に不幸な話だ。 親のせいで仕事から生活まで足を引っ張られるのだから、不幸の極みだ。 ちなみに指のマヒはキーボードを打つタイピング作業にも支障をきたし、字も間違えまくってしまう。 話は少し変わるが、私が入学した大学の歴史学科では、戦国時代の公家・三条西実隆の日記『実隆公記』を読む会が、毎月開催されていた。 戦国時代に限らず、朝廷・公家社会では正月はもちろん、毎月一日に天皇のもとに集まって、おめでとうございますのご挨拶をする。 戦国時代は天皇も公家も経済的に困窮し、儀式や飲み会すらも自由に開催できなかった。 戦乱により地方の荘園が武士に横領され、収入源の年貢が減少したためである。 それでも、仮に貧乏でも、実隆たちは月イチで天皇に感謝し、自分の日記にも、めでたいと記す。 漫画『文豪ストレイドッグス』に、次のようなセリフがある。 「人は自分を救済するために生きている」 「自分を哀れむな。自分を哀れめば、人生は終わりなき悪夢だよ」 たとえ不幸のどん底にあっても、自分が不幸だとか、自分が可哀そうだとか思えば、ますます不幸になって、抜け出せない。 実隆たち公家のように、たとえ不幸だろうが、めでたい!と口に出して言うことが、すなわち自分を救済していくことに繋がるのではないか。 「自分を哀れむな」とは、児童養護施設で虐待を受け心に傷をもつ主人公・中島敦くんが絶望した際に、兄貴分の太宰治が敦くんに言ったセリフである。 地獄を経験してきて、おそらく一生それを背負っていくことになる敦くんだが、それでも、いやそれだからこそ、自分を哀れだと思ってはいけないの...

小田切家系図/豊臣秀吉・片桐且元・大谷吉隆連署状(偽文書)

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  慶長1~2年(1596~97)に源景義なる人物が記したとされる小田切家系図の、末尾に引用された文書。 信濃の小笠原氏に始まると記されているが、「関白豊臣秀吉」「片桐東市正豊臣且元」「大谷刑部少輔吉隆」が連署するその文書は、様式や文言が不自然で、明らかな偽文書である。 系図の小田切氏は、三好長基(=三好元長。三好長慶の父)や、武田信玄の川中島合戦にも従軍して勲功をあげたと書かれているが、真相は不明である。 「小田切氏は清和源氏の末裔に間違いない」と秀吉・片桐且元・大谷吉隆(大谷義継)が連署して証明しているが、身分差がある関白秀吉と家臣が連署することは考えられない。 秀吉の花押も、文書の字も、恐ろしく貧弱な書き方である。 ”偉い人物からもらった文書”を偽作することで自分の家を偉く見せようとした、よくある偽文書である。 この系図の小田切氏は信濃佐久郡小田切で活動し、武田・徳川に仕えた一族だが、署名している源景義が何者かもよく分からない。 御尋ニ附奉書上候所、 相違無御座候、以上、  源景義(花押) 慶長元丙申年 二月八日 古系破ニ付、相改候処、 清和源氏之末葉ニ 相違無之、依而印、左ニ 入もの也、 関白豊臣秀吉(花押)(朱印) 執権職  片桐東市正豊臣且元(朱印) 奉行筆者  大谷刑部少輔吉隆 慶長二丁酉年 十二月十四日

源義経の古文書 ただし偽文書。

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文治五年(1189)四月十八日付、源義経とその従者・亀井六郎が連署した文書の写しだが、不審な点が多く、偽文書である。 義経が会津依田村の祖兵衛に酒を渡し、兵糧を借用したが、もし返済しなければ「その時の将軍へ参礼出願せよ」とある。 源頼朝の将軍任官は1192年であるし、「其時之将軍江参礼可出願」という文言も不審な表現である。 ちなみに義経は同年閏四月三十日に奥州の衣川で討たれる。 つまり義経が死の直前に酒と引き換えに兵糧米を得た、という設定である。 この文書は「寛保三年(1743)に祖兵衛が年貢未納により土地没収された際に、祖兵衛宅で古菰に包まれて発見された」と注記されているが、このエピソード自体が疑わしい。 ※文書は長野県の北相木村役場の封筒に入っており、一度は史料調査されたことが分かる(所蔵者の渡辺渡一氏は北相木村議会の副議長)。 【翻刻】  借用申証文之事 一、今度、小酒渡候ニ付、為喰米と物米七斗借用 申処紛レ無御座候、万一無偏斉之候ハゝ、其時之 将軍江参礼可出願もの也、為後生仍而如件、  文治五年四月十八日   伊予守    源義経判   重者    亀井六郎  会津依田村   祖兵衛殿 一、此度依田村祖兵衛殿、寛保弐年ゟ御年貢上納不仕 候ニ付、闕所被 仰付候所ニ、家ノ棟木ニ古菰ニ包置候ヲ 苅落シ改候得ハ、右之証文在之候、持高三百石、 従御 公儀ゟ被下置候事、無相違御座候事、  寛保三亥年迄、五百五拾弐石ニ成なり  

映画感想文「PERFECT DAYS」主演:役所広司/監督: ヴィム・ヴェンダース

この作品は、人生を「木漏れ日」にたとえているところが面白い。 役所広司さん演じる初老の男性の日常を、ただ淡々と描く。 彼にはつらい過去が存在したことがうかがえるが、それが何であったのか具体的にはまったく明かされず、物語は終わる。 具体的に明らかでないから、観客が自由に自分に当てはめて、それが何であったのか想像することが可能だ。 父親が暴君で、それを許せなかった彼は父親と対立し、家族は引き裂かれ、妹とも埋められない溝ができてしまったのではないか、と私は想像した。 妹と彼は、分かり合いたいとお互いに思っているけれど、どうしてもそれができない。 物語の終盤で、彼ともう一人の初老の男性が、「影が重なったら、色が濃くなるか?」と議論する。 二人は夜の闇の中でお互いの影を重ねてみたが、もちろん科学的には影が濃くなったりはしない。 しかし、彼は影を重ねてみて「何も起こらないはずない」と言い張る。 人生では、誰もがつらい「影」を背負っている。 「影を重ねる」とは、人と人とが出会い、分かり合おうとすることの比喩だろう。 しかし実際には、お互いに分かり合いたいと思っても、どうしても分かり合えなかったりする。 「何も起こらないはずない」=「きっと分かり合えるはず」と彼は思いたいけれど、やはり現実には無理なこともある。 風が吹いて、木々の葉っぱがこすれ合い重なり合って、その間からふりそそぐ木漏れ日は、一瞬の光や影だ。 人生における日々のうれしいこと、つらいことは、風が葉っぱをゆらし、光や影を生む一瞬の木漏れ日に似ている。 人生はうれしいことや、つらいことの連続で、そうした一瞬一瞬を、ただ生きよう。 この作品は、そんな人生観をきっと描きたかったのではないだろうか。 人生とは「木漏れ日」である、そう思うと、私はなんだか生きることに希望が持てるような気がした。 「PERFECT DAYS」 監督: ヴィム・ヴェンダース 主演:役所広司